虚飾の城の裸の王様のものがたり『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』観劇レビュー
『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』 撮影:田中亜紀
虚飾の城の裸の王様のものがたり『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』観劇レビュー
2017年の「リチャード三世」以来の佐々木蔵之介&ルーマニアの鬼才演出家・プルカレーテとのタッグとなる『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』。この5年間で来日公演、日本人チームへの演出公演ともに行われて東京芸術祭の目玉とも言える作品です。
「リチャード三世」では「演劇人としてとても幸せな時間だった」と参加した俳優陣からも充実した声が上がっていたようで、過去に参加した俳優・今回が初参加の俳優と織り混ざっての座組。否応なしに期待が高まります。
『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』 撮影:田中亜紀
モリエール生誕400年の今年、上演作品として選ばれたのは「守銭奴」。
そもそも守銭奴という単語自体、フィクションの世界の方が恒常的に使われている印象ありませんか?
今作の主役、金貸しのアルパゴンは初演ではモリエール自身が演じていた役らしいのですが、この400年近くで数多の守銭奴キャラおれど、ぶっちぎりの守銭奴、単独一位です。金を払わない使わない使わせない妻が子供達に残した正当な遺産すら子供は親の所有物だから自分のもの。17世紀の段階ですでにコンプライアンス違反です。そんなこんなで息子のクレアント(竹内將人)は恋人と結婚したいのにドケチな親父のせいで、実家は金持ちなのに父親に内緒でこっそり借金をすることとなり、その算段を立てている途中で発覚するドタバタひと騒動な「喜劇」です。
改めて喜劇とは何か
「四大喜劇」の一作に数えられる「守銭奴」ですが、改めて「喜劇」「コメディ」とは何でしょう。「笑える話のことでは?」と単純化されがちですが、その定義を掘り下げると意外と難しい。
パッと思いつく印象でコメディといえば・・・を考えると、その場に居る人間の共通言語として「わかりやすく」笑えるセリフを言う、面白い動きや予想もつかない動きをするいわゆるモノボケ的な笑い。もしくは落語のように、本人たちは大真面目に大真面目なことをやっているだけ、別に「笑い」の生まれる状況では無いはずなのに一周回って笑ってしまう。観客は俯瞰で見ているからこそ「おーい!!何言ってるんだー!!」「違うって!それはアカンアカン!!」とツッコミを入れたくなる笑いだったり。どちらかといえば今作は後者の「喜劇」です。
『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』 撮影:田中亜紀
セリフだけ聞いていると一見噛み合っている会話のように見せかけて、実際は1ミリも噛み合っていないのにそれぞれ納得してお互い違う方向に爆走して行ったり、間に入っている人間のどちらにもいい顔して二枚舌外交していると最悪なパターンとなったり。
そしてこれが1人だけがやってるのではなくて全員がピーチクパーチク大真面目にやってるものだから「落ち着いて!!なんでそうなった!?」という混乱ぶりが笑いを誘います。そこに対しての「動き」も「そういう返しで行くんかい!!」とツッコミの手が止まらない笑いです。
取りもち婆のフロジーヌ(壤 晴彦)、召使のラ・フレーシュ(手塚とおる)、娘のエリーズ(大西礼芳)の実は恋人であり執事のヴァレール、(加治将樹)…それぞれ当事者なのに本音と建前を使い分けようとした二枚舌外交が噛み合わないのに変に噛み合ってしまう。第三者のふりをしてやりすごそうとするともうしっちゃかめっちゃか。
観客にツッコミの手を止めさせないままノンストップで走り切るモリエール。決して「古典作品」の「王道」な演出ではありませんが、だからこそ「なんかすごいものを見せられた・・・」という印象を観劇後に毎回持つのがプルカレーテ作品です。
”いつものタッグ”見どころポイント
『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』 撮影:田中亜紀
プルカレーテ作品に限らず、この演出家にはこのスタッフというタッグがあるようにプルカレーテ作品をより深く楽しむための個人的見どころポイントもご紹介。
舞台美術&照明&衣装の担当はドラゴッシュ・ブハジャール氏。美術、衣装、照明のみならずメイクまで、「目に映るもの」はこの人の担当。照明と美術って兼任できるポジションなんですね…確かに美術が立たないと照明プラン立てられないから合理的といえば合理的な判断では・・・?(制作目線)
白く粉が塗されたようなメイクと衣装は前回の「リチャード三世」でも見られましたがホームのルーマニアでの他の公演でもお馴染みのビジュアルです。「それ着るの!?」とびっくりするような衣装や体張って演技しているところに突然登場するギミックなど、目がひとときも休まることはありません。
舞台に広がる燻んだ世界は、ビニールの可動式の屋敷。壁の部屋は一見してさまざまな様子を見せますが、その実がない虚飾の城のよう。
『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』 撮影:田中亜紀
そしてプルカレーテ作品は「途中でみんなが歌い出す」んです。ミュージカル調ではなく、だいたい歌います。そして楽器を途中で弾くシーンも。生演奏です!という形よりはむしろ、演技の中に自然に溶け込んでいて、今回は劇中で淡々と笛の練習をしているのがエリーズの心情変化のキーワードなのでご注目を。この奏でている音楽&歌を担当するのはヴァシル・シリー氏、こちらもいつものタッグです。なぜこれをわざわざ書くか?
プルカレーテ作品の観劇の記録はあとあと目にだけではなく、耳にも残るから。
『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』 撮影:田中亜紀
物語自体は「作品の東西を問わず『実は!!』という切り出し方で話のオチをつけるの、不思議なぐらい古今東西共通の古典作品よくある話」ではあります。これをハッピーエンドの大団円です、で終わらせないのがプルカレーテ流。
「わらう」という日本語を漢字で書くと「笑う」だけではないことを思い知らされます。
幕が降りる最後のその瞬間まで、“彼”にとっては悲劇なのか、それとも喜劇なのか。
答えは観客の想像力の中に。
『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』
【作】モリエール
【翻訳】秋⼭伸⼦
【演出】シルヴィウ・プルカレーテ
【出演】
佐々木蔵之介/加治将樹 竹内將人 大西礼芳 天野はな/茂手木桜子 菊池銀河 安東信助/
長谷川朝晴 阿南健治 手塚とおる 壤 晴彦
2022年11月23日 (水・祝) ~12月11日 (日) /東京芸術劇場プレイハウス
公式サイト
https://www.purcarete-fes.jp/shusendo
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