今だからこそ! 演劇へ、俳優へ、観客へ…。三谷幸喜が送るメッセージ 舞台「大地(Social Distancing Version)」観劇レビュー
舞台『大地』(Social Distancing Version) 撮影:阿部章仁 今だからこそ! 演劇へ、俳優へ、観客へ…。三谷幸喜が送るメッセージ 舞台「大地(Social Distancing Version)」観劇レビュー 本作は、PARCO劇場オープニング・シリーズとして演出家・三谷幸喜が書き下ろす最新作。 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、上演スケジュールの見直しが行われましたが、「Social Distancing Version」とタイトルをアップデート。コロナ禍にいなければどんな演出だったのか、逆に気になるほど自然にSocial Distanceを確保した作りに。 万全の対策を取ったうえでPARCO劇場再開の1歩を踏み出しました。 なお、7月12日(日)から8月2日(日)までの土・日にはイープラス「Streming+」でのライブ配信も行われます! https://eplus.jp/sf/word/0000141899 物語の舞台は、とある共産主義国家の収容所。独裁政権が遂行した文化革命の中、反政府主義のレッテルを貼られた俳優たちが集められ、政府の監視下で広大な大地を耕し、家畜の世話をしていました。 それだけでも過酷な生活を強いられているように思える彼らですが、それ以上に彼らを苦しめたことがあります。それは、「演じる」という行為を禁じられたこと。 舞台『大地』(Social Distancing Version) 撮影:阿部章仁 この収容所に集められた俳優は、騒がしいほどに個性豊か。 大泉洋さん演じるチャペックは、外の世界で役者をしていた時はパッとせず、裏仕事ばかりしていたと話します。けれど、その裏仕事で培ったであろう絶妙な調子の良さで、政府役人からも多少の信頼を得ているよう。彼の周りは、時にそこが収容所の中であることを忘れそうになるくらい明るい。俳優としては光を浴びられなかったけれど、「政府役人とのつなぎ役」的ポジションを得たことで皆からも頼られ、少なからず居心地が良くなってしまっているような雰囲気さえ感じて、ゾクッとしました。 映画スターであるブロツキー(山本耕史)は、収容所内で放つ輝きも別格。白のスーツに黒のサングラスで登場すると、彼だけスターの休日に見えそうなほど。冷静に周囲を観察し、時に鍛え抜かれた胸筋を露わにし(!)、どんな事態にもどっしりと構えているように見えますが果たして…。 ツベルチェク(竜星涼)は、女形の役者。容姿も仕草も艶やかで、落ち着いた声が心地良い。 「精神も女性か、芸の力で女性になるか」、女形には2種類あると語りますが、男が女を演じるというだけでいろいろと誤解もされやすい。時折見せる苦笑いと、急に爆発する感情で、静けさの裏に隠した心の傷を細やかに表現していました。 舞台『大地』(Social Distancing Version) 撮影:阿部章仁 プルーハ(浅野和之)は、パントマイムの第一人者。アッケラカンとした様子ですが、自分の芸には自信があります。劇中で見せる渾身のパントマイムは必見! 今更ながら、「なんて巧みな役者さんなのだ!」と目を丸くしてしまいました。 収容所内で“座長”と呼ばれているのは、大御所俳優のバチェク(辻萬長)。自分の意思を曲げない頑固さもあるが、実はけっこう優柔不断だったり、お茶目な部分も併せ持つ可愛いおじさまでした(笑)。 ツルハ(相馬一之)は、役者兼演出家。「なぜこんなところにいるのか、自由に芝居ができないのか」という苦しみを素直に口にする人。芝居に関しては特に、融通の利かない気難しい部分もありますが、それは心から演劇を愛しているからであると伝わってきます。 大道芸人のピンカス(藤井隆)は、芸の内容が云々ではなく、支配者のモノマネをやったらウケてしまい、目をつけられてしまった人物。常に落ち着きがなく、何かと騒いでいますが、どこか憎めない。途中、そのモノマネを披露する場面があり、「対象とした人物は知らないけれど、多分似ているんだろうな…(笑)」といとおしく感じてしまいました。 舞台『大地』(Social Distancing Version) 撮影:阿部章仁 そして、本作の語り手的役割を担うのは、演劇を学ぶ大学生だったミミンコ(濱田龍臣)。彼には意外にも、収容所に入れられた戸惑いや苦しみのようなものはあまり見えません。むしろ、周りの大物俳優たちから技術を学ぼうとする前向きな姿勢が見て取れます。しかも彼には、女性専用の収容所に捕らえられたダンサー志望の彼女・ズデンガ(まりゑ)がいるので、まだどこかに未来への希望を抱いているのかもしれません。 濱田さんは、スッと耳に入る声と滑舌の良さ、演劇界のそうそうたる顔ぶれの中にいても埋もれない堂々とした存在感を放っていたのですが、舞台出演は2回目だと知って驚きました。 三谷作品で、舞台経験のあまりない役者が語り手になるのを何度か見たことがあります。空気をも変えるようなベテラン役者による語りももちろん大切ですが、とても素直に「語り」という役割を演じる真っ直ぐさがフレッシュな風を送り込み、各場面をスムーズに展開してくださっているのかなと思いました。 彼らの指導員・ホデク(栗原英雄)は、まさかの演劇好き。自分にとって「特別なものだった」と語る演劇界のスターが目の前に揃ったうえ、自分が指導する立場であるという状況に、明らかにテンションが上がっていることがわかるにこやかさが逆に怖い…。しかし、収容所に集められた俳優たちを自分の憧れの人たちに置き換え、自分がホデクの立場だと考えたら、「彼の気持ちもわからなくもないな…」と思ってしまい、自分のことも怖くなりました。 舞台『大地』(Social Distancing Version) 撮影:阿部章仁 2幕、俳優たちは様々な知恵を絞って、ミミンコとズデンガの恋を応援しようと計画。 彼らの生活を牛耳る政府役員のドランスキー(小澤雄太)は、ホデクと真逆で演劇に興味も関心もなく、演劇に対して心ない言葉を浴びせ続けます。そんな彼を持ち前の演技力で翻弄する俳優たちの姿は、緊張感のある場面のはずが、小気味良い愉快さがあり客席から笑いと拍手が! それぞれが得意な役割を演じ、支え合う姿を見て、とても素敵なチームワークだなと思うとともに、「こんな場所で出会っていなければ、もっと良いカンパニーになったのだろうな」と思うと胸が苦しくなりました。 舞台『大地』(Social Distancing Version) 撮影:阿部章仁 若い2人の恋を応援するために打たれた芝居。結局それは、あまりにも過酷な現実へと全員を導くことになってしまいます。 私は本作に、役者という生き物、人間という生き物の、いとおしい部分と残酷な部分を同時に観ました。 喜劇と悲劇が混在するのが三谷作品。コントのように進む喜劇な部分も、ただのおフザケではなく、伏線としてキレイに回収していく。その答えがわかったとき、鳥肌が立つのです。 三谷流“俳優論”がテーマということで、随所に感じる三谷さんから演劇への、俳優への、スタッフへの大きな愛。そして、「あなたたち(観客)がいなければ、演劇は成立しないんだよ」というラブレターを受け取ったような、そんな気もします。 舞台『大地』(Social Distancing Version) 撮影:阿部章仁 いつもならここで、「ぜひ、劇場で体感してね!」と言いたいところなのですが、今はそう簡単に外出をオススメできない状況。 ですが! この記事の冒頭でも書いたように、本作はイープラス「Streming+」でのライブ配信も行われます。料金は、3000円(税込み)。公演当日の開演時間まで購入可能です。 もちろん、劇場のライブな緊張感に包まれながら観る演劇の迫力にかなうものではありませんが、「配信には配信の魅力がある!」ということで、いくつか。