「ドラマティック古事記」舞台写真

Super神話音楽劇『ドラマティック古事記~神々の愛の物語~』観劇レビュー

「ドラマティック古事記」舞台写真
「ドラマティック古事記」舞台写真 撮影:引地信彦

Super神話音楽劇『ドラマティック古事記~神々の愛の物語~』観劇レビュー

9月3日、新国立劇場オペラパレスにてSuper神話音楽劇『ドラマティック古事記~神々の愛の物語~』が上演された。これは数々の大河ドラマを手掛けた脚本家である故・市川森一のライフワークの一つであった古事記をその思いに共感したスタッフ・キャストの手により2013年に生み出された作品だ。これまで宮崎・京都・福岡と公演が行われ、その後二つの続編が作られた後、いよいよ待望の東京公演となった。

日本の創世神話に思いをはせる

どの国にも創世神話というものはあり、日本人でありながら、創世神話についてはギリシア神話の方が詳しい私(オペラの寓話にはギリシア神話がモチーフとされていることが多いので)だが、そんな私にも古代日本の人がどんな思いでそれを語り継いできたのかということに思いをはせる良い機会になった。

ドラマティック古事記第1作目の今回は2部構成で、1部がイザナキとイザナミの国産みとその後の愛憎の顛末についての話、2部がイザナキの体から生まれたアマテラスとスサノオの兄弟げんかとそれに巻き込まれる神々の話だった。どちらも神話でありながらいかにも人間味あふれる話である。

幕開けと同時に坂本和彦の小気味よい指揮とともに松本俊行作曲の前奏曲が大河ドラマを彷彿とさせる壮大なメロディで奏でられる。これだけでこれからの展開がどうなるのかと期待感をもたせるものだった。そして斜幕に映し出された現代日本から次第に神代の日本に場面が移る。

この後、斜幕にはマークエステールによって描かれた挿絵が映し出されながらすすんでいく。さながら絵巻を読み解いているような感覚だった。

ドラマティック古事記
「ドラマティック古事記」舞台写真 撮影:引地信彦

語り部として現れた柴田美保子が恭しく語ってゆく物語の最初に登場したのが宇宙を司るアメノミナカヌシノカミ。その役を担う東儀秀樹は笙の音色で言葉よりも雄弁に神というものの無辺広大な様を表現していた。オープニングでいきなり神の世界に引きずり込まれる思いだった。

次に現れるのがこの公演の芸術監督・演出・振付を担う西島数博演じるイザナキと実生活でも妻である女優真矢ミキ演じるイザナミ。真矢ミキの歌をはさみながらふたりの息の合った舞踊は、日本古来の神楽を西洋音楽と融合・昇華させたような神々しさを感じさせた。そして、産まれてゆく神々もまたダンサーたちの軽やかな舞踊によって表現され、お囃子のように登場した藤原歌劇団合唱部もやはり神々としての豊かな声を響かせた。

このダンサー達と、合唱のアンサンブルは全編を通して様々に姿を変え、舞台をいきいきと彩った。

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やがて、悲劇の始まりであるヒノカグツチの出産とその火で焼かれ黄泉へと旅立つイザナミのシーン。この辺りから神の話から人間らしい恋慕、悲哀、嫉妬、憎悪などの感情が表に現れ始める。生者であるイザナキと死者であるイザナミ、愛し合いながらも相いれない様を演じる二人に心が痛くなった。ギリシャ神話のオルフェオとエウリディーチェなどもやはりそうだが、神の力をもってしても死者をよみがえらせることはできないというのは、物語の側面としてだけではなく『死』というものへの畏れのようなものが当時からしっかりとあったのだろうと思わせた。その死への畏れを俳優宝田明が死の神ヨモツノカミとして重厚な存在感で演じていた。

死者の国から戻ったイザナキが両目と鼻をあらうと、そこから太陽の神アマテラス、月の神ツクヨミ、人の神スサノオが生まれるというこのあたりはさすが神様というトンデモ展開で1部は終了となった。

壮絶! 神々の兄弟喧嘩

ドラマティック古事記
「ドラマティック古事記」舞台写真 撮影:引地信彦

さて、2部はその生まれた子どもたちの兄弟げんかの話。地上をおさめるように言われたスサノオが母イザナミ会いたさに嘆き暴れるというもはや神にあるまじき感じで始まるが、スサノオを演じる坂元健児は1部で根底を流れていた神様の話という雰囲気を良い意味でぶったぎってくれた。末弟スサノオのソウルフルなノリが、話をぎゅっと人間(観客)側に引き戻してくれる。対するアマテラスを演じる舘形比呂一は女形としてしなやかな舞踊を見せ、その対比が一層物語を面白くさせていた。

このけんかの末、アマテラスは天岩戸に閉じこもるのだが、この辺りは実際の小氷河期の伝承などがもとになっているのだろうなあなどと思いながら見ていた。さてどうするかと思案するのは異質な衣装と雰囲気を醸し出す青蓮演じるオモイカネ、そこに現れるのが踊り子アメノウズメ。浅野瑞穂の軽やかな舞踊に魅惑された。

さらにたたみかけるように現れたのがバス歌手河野鉄平演じる力持ちのタヂカラオ。彼の声楽的なバスの響きはミュージカル歌手の響きとはまた違う柔らかさを感じられた。

なお天岩戸を開ける最終的な役割を担ったのが彼だが、開ける際に大声で『カケコー』と三回叫ぶ。何語だろう?古代日本語?と思って聞いていたが、後で調べたら長鳴鳥、いわゆる鶏の鳴き声だったらしい。コケコッコーだったわけだ。このあたりは逆に新しい知識として勉強になった。実は知識としては一番の収穫だったかもしれない。

天岩戸が開いた瞬間にこれまたソプラノ歌手の川越塔子が歓喜の歌を歌うのだがこちらもオペラ歌手らしい天上の声を表現していた。

こうして大団円を迎えた後、舞台は再び現代に戻り、現代の青年として錦織健がアリア<時の始まり>で神の時代と今とを結び付け、一巻の終わりとなった。東儀秀樹で始まり、錦織健で締める。なんともお得感満載の2時間だった。

古事記なのにエンターテイメント!

ドラマティック古事記
「ドラマティック古事記」舞台写真 撮影:引地信彦

全体として古事記を堅苦しさのないエンターテイメントに仕上げられた、とても意欲的な作品で、これを通して日本のルーツでもある古事記をたくさんの日本人が身近に感じられるようになればいいと思った。また、舞踊、ミュージカル、オペラ、演劇、神楽、雅楽、西洋音楽、日本の舞台芸術家が全員そろってやれる作品としてもとても価値のあるものだと思う。

東京オリンピック・パラリンピックの開会式のイベントテーマの一つとして採用を目指しているとパンフレットに書いてあったが、日本の芸術家の一人としてぜひ実現してほしいと感じられる作品だった。まだ、第2作、第3作もあるということなのでぜひそれも含め日本各地で広まってほしい。

(文:平岡基)

公演情報

Super音楽劇「ドラマティック古事記」

【原作】市川森一
【神話絵画】マークエステル
【芸術監督・演出・振付】西島数博
【出演】西島数博 真矢ミキ(特別出演) 坂元健児 河野鉄平 川越塔子 浅野瑞穂 柴田美保子 ほか
【日程・会場】2016年9月3日(土) 新国立劇場 オペラパレス

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